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真・恋姫†無双 ~乙女繚乱☆三国志演義~【新装版】真・恋姫†無双 ~乙女繚乱☆三国志演義~【新装版】
(2010/04/02)
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第2話 公孫賛伝~たったひとりの少女?~
恋姫†無双 外史『無銘伝』第1話


この外史は北郷一刀が全力でとある少女を救う物語。
一振りの刀に導かれ、一刀は三国志世界へ帰還する――
※PC版の無印恋姫、真・恋姫を元にした二次創作です。




「しっかし、広いなー」
陽光を浴びつつ、広大な大地を歩き、俺は感嘆の声を上げる。
歩いてみて分かるが、風景が全然変わらず、ただひたすら土と草と空気と、遙か向こうに山があるだけだ。
「馬がないと厳しいな……ともかく、人家を探さないと」
とりあえず人跡のある道を通っているから、人のいる土地へはいけそうだった。
「んー……おおっ!?」
空きっ腹を抱えながら足を進めていると、細くたなびく煙が見えた。
「もしかして、炊事の煙かな? ちょっと食料分けてもらえるかも……ま、それが無理でも、ここがどこか教えてもらえれば、誰か知り合いのいる場所へいけるだろうし」
駆けだして、煙のあがっている方へ向かう。腰に結んだ刀は重いが、足取りは軽い。ちなみにジャージなのでちょっと刀を支えづらく、片手で押さえながら走っている。端から見ると、間抜けな感じだろう。
「そこらへんも、考えておかなきゃな」
一歩ごとに感じる、日本刀の圧倒的な存在感に、俺は頼もしさと、重さをおぼえるのだった。
煙のたもとまで来て、出所は、一軒の民家だとわかった。
周りを見渡してみても他に家はなく、この民家が管理しているのであろう、田畑が広がっているだけだった。
「すいませーん、誰かいますかー」
玄関の扉を叩き、家人に呼び掛ける。
「はいはい」
応答は早かった。
俺は事情――異世界から来たのではなく、道に迷って来たという仮初めの事情を話して、助けを求めた。
幸い、その家の主人が話を聞き、応諾してくれた。もちろん条件はあるが。
「ここは公孫賛殿の領地でな……、そろそろ税を納めにいかにゃならん。ついでに、余りの作物もいくらか売って、あれやこれやの品を買いに行くんじゃ」
人の良さそうな、家の主人である老人は、自分で言うのも何だが風体の怪しい俺に、食事を饗しながら説明した。
「荷を運ぶには馬や牛を使うんじゃが、荷が崩れ落ちんように見張りながら道を進むのに、いくらか人が必要になる。今年は豊作でな、量も多いし、ほら、例の黄巾のあれで人手不足じゃ。お前さんがやってくれるっちゅうなら、助かるわい」
「そういう事情なら喜んでやるよ。すぐに行くの?」
「おお。飯が終わったら出発する予定じゃった。少ししたら、出るぞ」
豪勢とはいえないが力のでる食事を済ませ、俺と老人は出発した。
「公孫賛……白蓮の領地かぁ」
のどかな旅路をいきながら、ひとりの少女を思い浮かべる。
赤い髪を後ろで括ったポニーテールの少女。群雄の一人で、袁紹に敗れた――
「……ってことは、まだ、袁紹と決戦する前なのか」
まだ、いわゆる三国志の前半のようだ。
「公孫賛殿は、黄巾の連中や北の異民族をよく抑えてこの地を治めていてのう、よその土地と比べれば、平和なもんじゃよ。南の袁紹殿と比べても、ようやっておるんじゃないかの」
道々、俺を相手に老人はこの土地について語ってくれた。
「名家のものでなくてもとりあげてくれるし、袁紹殿のところからこっちに来るものも多いんじゃよ……まぁ、それが不満なのか、名のあるお方はなかなか助力してくれないようじゃが」
「ふーん、難しいもんだなぁ」
身分の差を問わないということは良いような気もするが。
「あ、そうだ。劉備とかは公孫賛のところにいるのか?」
「劉備殿か? ああ、たしか黄巾との戦いで公孫賛殿と……今は、また別の土地にいるんじゃないかのう、とんと名前を聞かんし」
「そっか……」
これ以上は白蓮に直接尋ねた方がいいようだ。
「ほれ、見えてきたぞ」
と、老翁が杖で地平線の向こうを指し示す。
「あれが公孫賛の城?」
「そうじゃ、易京城。まだ完成しとらんが、雄大な城であろう?」
「うーん」
まだかなり遠くだからよく分からない。
だが、近づけば近づくほど、城が姿を現し、視界の大半を埋めるぐらいになった。何層にも張り巡らされた城壁と、数え切れないほどの望楼。もちろんその中には都市が整備されていて、どれぐらいの兵力・兵糧が蓄えられているか、見当もつかない。
「まだまだ黄巾の残りと、異民族とで物騒じゃからの、頼りになる城が必要だってことでな、急いで作ったんじゃ。わしの息子や、孫も人夫としてとられたわい」
「へぇ……確かに、すごい……」
大きいです。
たしか易京城とは、公孫賛が袁紹と戦い、戦死した城だ。これを築城した白蓮もすごいが、陥落させた袁紹もすごい……というか、本当に袁紹、麗羽がやったのか?
俺は、金色くるくる髪の麗羽の姿を思い出して首をかしげた。
やがて、城の入り口近くまで来て、城壁の高さに驚き、そして入城の許可を得て門を越えると、城内の広さにも驚いた。そしてそこに息づく、街の姿にも。
「凄いな、人も多くて……」
「ここら一帯のほとんどの者がここに住んどるからな。中原と比べれば、華やかさには欠けるが」
確かに、活気はあるが、彩りは乏しかった。
「さて、わしはまず税を納めに行くが、お前さんはどうする?」
「ああ、俺はちょっと、公孫賛に会いに行かなきゃいけないから」
「んん? なんじゃ、お前さん、奇妙な格好しとると思ったら、偉いさんかい?」
「いやいや、ちょっと知り合いなだけだよ」
俺はお爺さんに礼を言って別れ、城の中心部へ向かった。中心部がどっちかは、警備が厳重になる方向がそうだろう、と睨んだ。
「おっと、待て待て、こっからは政庁だ、許可は得ているか?」
不意に門番に止められた。
「いや、えーっと、劉備の知り合いで北郷一刀っていうんだけど、公孫賛に用事で……」
「んー? 劉備殿の知り合いぃ?」
じろじろと、俺の格好を眺め、門番は胡散臭げな顔をした。
「殿は忙しいのだ、重要な用件でない限り、取り次げぬ!」
と、手を横に振って拒否された。
「えー、頼むよ、そこをなんとか!」
俺は困って、拝んで頼みこむ。
「ならんならん! おまえのような怪しい格好をしたやつを簡単に通したら、私たちが怒られるわ」
まぁ、たしかにこの格好は、門番には危険人物の証にしかならないだろう。かつては天の御遣いの象徴だった制服もないし。
余は天の御遣いであるぞ、と名のってみるか?
ここからどころか、城から追い出されそうだ。
……どうしたものか。
「――どうかしたのか?」
困り入ったところに、救いの声、救いの手がさしのべられた。
「白蓮!」
「え?」
門の向こうから、馬に乗って姿を表したのは、城の主、公孫賛だった。ポニーテールを揺らしながら、こちらを見て、目を見開く。
「おまえ……北か? なんでこんなところに? 桃香と一緒じゃなかったのか?」
「いや、ちょっと事情があって。白蓮に会いに来たんだよ」
「私に?」
白蓮は自分を指さし、きょとんとした顔で、俺を見つめた。そしてすぐに相好を崩し、なんだか嬉しそうな顔をして、馬を下りた。
「そ、そうか、よく分からないが、それじゃあ、入ってくれ。こっちだ」
俺はそれに従い、政庁の中に入った。門番は微妙な顔をしていた。
「黄巾党との戦い以来だな。元気そうで安心したよ」
白蓮は俺と肩を並べて、馬をひいて歩いた。白馬に白蓮の綺麗な赤い髪と甲冑が映えて美しい。
「俺もほっとしたよ。ようやく知った顔にあえてさ」
「桃香たちになにかあったのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……あのさ、俺が天の御遣いって呼ばれていたの、知ってるよな」
「ん? ああ、なんかそんな噂があったな。でも、自分で否定していなかったか?」
「そうなんだけどね……ある意味間違いじゃないって言うか」
俺は、かつて愛紗たちに説明したことを、白蓮にも説明した。自分が遙か未来の世界から来たこと、そしてこの世界が、俺たちの世界の三国志とはちょっと違っていることを。
「…………ん、んんん」
白蓮は複雑な表情をして、頬を掻いた。
「冗談、じゃ、なさそうだよな……その、なんだか天の御遣いっていうより信じがたいけど」
「うん、自分でもそう思う」
さらに、一度未来の世界に戻り、またこの世界に来たことを説明するあたりで、馬を厩につなぎ終えて、政庁の中心部、白蓮の執務室に入った。
「なんだか凄い事情があったんだな……のほほんとしてるのに」
白蓮は俺に椅子を勧めて、自分も座った。
「一度未来の世界に帰ったのに、何でこっちに戻ってきたんだ?」
「それが俺にもわからないんだよ。わけの分からないうちに行って帰って、って感じで」
「ふうん……ああ、だから、この前と格好が全然違うのか」
合点がいったように、白蓮は頷いた。
「だから、こっちが今どうなっているかわからなくてさ。どういう状況なんだ、今」
「んー、お前と最後にあったときからそれほど情勢は変わっていないと思うぞ。黄巾党は首謀者が行方不明になって、勢いは衰えたけど、まだ残党があちこちにいる。それを今、皆して討伐しているところさ……おっと、何か飲み物でもいれるか」
白蓮は立ち上がり、お茶を入れて戻ってきた。
互いに一口飲んで一息つく。
「中央は? あのー、俺の知識だと、ここから董卓が政権を握るんだけど」
董卓。この世界では月。暴君の濡れ衣をきせられて、人目を避けるため、俺のメイドになった少女だ。今から考えるとすごい展開だが、実際そうなったんだから仕方ない。果たしてこの三国志世界でもそうなるのだろうか……。
「董卓が? そ、そうなのか。いや、私は国境の抑えで、とても中央にまで兵をまわせなくて、よく知らないんだ……ただ、中央が混乱しているのは確かだから、董卓が兵を率いて洛陽に入れば……うーん」
白蓮はうつむいて何かを考えている様子で、やがて、お茶をこくりと飲んで、顔を上げた。
「でも、そうなると皆、黙ってはいないはずだ。袁紹とか、絶対。曹操や袁術、孫策、それに、それが本当なら、できれば私だって……!」
白蓮の目は厳しく、瞳の奥で小さな火が燃えているようだった。
「うん……そのときは、俺も、微力ながらお手伝いするよ」
何かあれば、月たちを助け出さなければならない。そのためには、俺も参加しなければならないだろう。月を助けるために、月の敵、董卓包囲網に。
「それで、と、あとは……桃香たちが今どうしているか知らないか?」
「あー、すまん、各地を放浪している事ぐらいしか知らないんだ」
白蓮は申し訳なさそうに言った。
俺は、そうかぁ、と相槌をうち、気にしないでくれと、白蓮に感謝した。
お茶をすすり、少し、黙考する。
白蓮の話を聞く限り、俺は、桃香たちと一緒に行動しているところから、元の世界へ戻されたのだろう。
ただそれは、あの夢と俺の記憶を考慮しない限りのことだ。
俺自身が、董卓包囲網以降の歴史の流れ……本来の三国志の流れではなく、この乙女だらけの三国志世界における歴史の流れや人の詳細を知っていることから考えて、何か異常事態がこの世界、そして俺自身に起きていると推測できる。
今の俺は、この世界に飛ばされて黄巾党の戦いを終えるまでの俺ではなく、その先の未来で、何かが起きて、時間が巻き戻った世界にきてしまったのだ。その何かは、あの夢の、悲惨な事態ではなかったか……俺は、直感的に、そう思った。
整理してみよう。
「現実世界→三国志世界→黄巾党の乱→董卓包囲網……→あの夢の出来事→現実世界→三国志世界・黄巾党の乱以後……→董卓包囲網」
こんな感じだ。
整理すると目的もはっきりする。
俺の目的。あの夢を繰り返さないこと。夢の中の少女を、救うこと。
だから、俺は、あの少女が誰か、突き止めなきゃならない。
もしかしたら、あの少女は――目の前の、彼女かも知れない。
「な、なんだ? 北?」
俺はつい、白蓮の顔を見つめていて、彼女は頬を赤く染めていた。戸惑ってぱちぱち瞬きした目とあいまって、なんだか可愛いな、と思う。
「突然黙り込んでじっと見られたら、びっくりするじゃないか」
「ご、ごめん、考えごとしてて」
「そ、そうか……」
なんだか気まずいというか、照れ臭いような空気が漂って、二人同時に、お茶をゴクリと飲み干した。
「北……その、よかったらだけど……」
まだ赤味のひかない顔で、遠慮がちに彼女は、一つの提案をした。
俺は、すぐにその提案をのんだ。
桃香たちの居場所がわかるまで、あるいは中央の動静が変化するまで、ここ、白蓮の城にいること。それが、彼女の提案だった。


それから何日かたった、とある日。
状況はいっこうに変わらず、暇をもてあまして、白蓮にお願いして雑事をこなしている時のことだった。
白蓮に呼ばれて俺は執務室へ足を運んだ。
「さて……北郷を呼んだのは他でもない」
白蓮はそれだけで何かあったと分かるぐらいに厳しい顔つきで、こちらを見た。
ごくり、俺は唾を飲み込んだ。
「実は……城が黄巾党残党、数十万に半包囲された」
「…………ええええええええええっ!!?」
俺は腰を抜かすほど驚いた。
「そ、それ、本当か?」
「ああ。隣の郡から移動しているって報告はあったが、ここにきて規模、速度が、大きく速くなっている。一気に、私の城を落とすつもりだろう……」
「ど、どうする? 今、城にいる兵は五万もないだろ? 援軍の要請を……」
「無理だ。北は異民族に相対してて動けない。西と南はもう黄巾に遮断されてる。東にはろくな勢力がいない」
「じゃ、じゃあ……籠城?」
「私は、それ以外無いと思う。ただ、今なら、北から大きく迂回して南へ抜けることもできるかも知れない」
「それって、えっと、逃げるって事か? 城を捨てて?」
「違う。城を捨てて北に逃げてみろ、これ幸いと異民族が襲いかかってくるぞ。私が言っているのは、お前のことだ。お前一人ならどうにでもなるからな」
「え……」
白蓮の言っていることを反芻して、小さな怒りがわき上がるのを感じた。
「それじゃまるで、負けるみたいじゃないか!」
俺の激しい声に白蓮は驚いて、少し立ち上がった。
「ち、違う違う、負けるなんて思っていない! ただ、お前は、この戦いに関係ないし、もしものことがあったら、桃香達に申し訳ないから……」
「関係ないわけ無いだろっ!!」
「え?」
ポカンと口を開けている白蓮に、俺は詰め寄った。
「そりゃ、まだ出会ってひと月もたってない、でも、白蓮と俺は無関係じゃない! 俺にも一緒に戦わせてくれ!」
「…………北っ」
白蓮はなんだか泣きそうな、嬉しそうな顔をして、俺の手を取った。
「ほ、本当は、部下はいるけど、仲間はいなくて、ちょっと心細かったんだ……ありがとう、北……えと、そういえば、真名を教えてもらってなかったな、教えてくれるか? よかったらだけど」
「ああ。真名ってやつはないんだ。北郷一刀が名前の全部だから、好きに呼んでくれていいよ」
「そうか……うん、じゃ、じゃあ北郷のままでいいかな……」
白蓮は少し残念そうに視線を泳がせた。
真名には特別な意味があって、よほど親密な人にしか教えないと聞いた。それを考えると、少し、真名がないのを残念に思った。
「…………」
「…………」
手が熱い。
握った手に、白蓮の体温を感じた。
どちらからともなく手を離したが、しばらく、その温かさは残っていた。
「……黄巾党の残党は約三十万、将といえる将もいないし、兵も鍛えられものじゃない」
なんだか不思議な空気の中で、白蓮が詳細な状況を説明する。
「絶望的な差じゃないってことだ。だから、べ、別にお前抜きでもちゃんと勝つつもりだったんだからなっ!」
白蓮は顔を真っ赤にして俺を指さした。
「うん。ごめん、でも、もう決めたから」
「……ん。じゃあ、頼む。うん」
こほん、と白蓮は咳払いして、城周辺の地図を机に広げた。
「敵は南側と西に展開している。籠城するにしても、城外に別働隊を組織するなら今の内だ」
「別働隊か……敵にばれたら、各個撃破されるかもしれないな」
「……うん。城内からの攻撃で敵軍を消耗させて、間隙を別働隊で突くか、別働隊の奇襲で動揺させたあと城内から打って出るか……どっちにしても、気づかれないように、一撃を加えなきゃならない」
「敵は三十万もいるんだろ、食糧とかもたなそうに思えるけど」
「ああ、そうだな。普通、籠城側の方がその心配をしなけりゃならないんだろうけど、今回は逆だ。敵は、速攻で城を落とすことを狙ってる。だから、死にものぐるいだろう」
「投降は促したのか? できれば、戦わずに済ませたいし」
白蓮は、うーん、と唸った。
「どうだろ……聞き入れないと思うけど……まぁ、一応軍使を派遣するか」
竹簡にささっと命令を記し、窓越しに部下に手渡した。
「こっちの不安は、食糧よりも武器かな」
と、白蓮は筆を手の上で玩び、首を捻った。
「武器が足りないのか?」
「ああ。剣とか槍はともかくとして、矢がな。いくらあっても足りない」
「うーん……こういのはどうだ? 藁人形を城壁の上に立てて、それに突き刺さった敵の矢を回収する」
漫画で知った戦法だ。
「ああ、なるほど、敵の武器を利用するのか」
白蓮は感心した表情で何度か頷いた。
なんだかそんな顔をされると、俺ももっと建策したくなる。
「あー、あと、石を使うといいかもな」
「石?」
「そんな大きな石じゃなくても、上から投げれば武器になるだろ? 手に入りやすいし」
「ほー」
益々感心して、白蓮は俺を尊敬の目で見る。すまん、これも漫画知識だ。
「確かに、石なら矢を作るより手っ取り早いな。城内にも岩があるし……うん、いけそうだ」
基本的な方針が決まり、軍議が開かれた。
俺は公孫賛の傍で座っているだけだった。
会議は紛糾を見せながらも、すぐ近くに黄巾党が迫っているという一事で結束し、籠城して徹底抗戦する方針が固められた。そうなると、白蓮を中心に、誰が別働隊を指揮するか、城のどこを誰が守るかなど、次々と決定されていく。これは、公孫賛の軍が国境の守備で変事慣れているということが幸いしたのだろう。
やがて、部下の一人が、武器の不足について具申した。その場にいた全員が頷いているところを見ると、共通した懸案事項だったのだろう。
白蓮は俺の策を皆に示すと同時に、副官として俺を取り立てることを発表した。突然のことなので一同はざわめいたが、俺が劉備の仲間であることを補足すると収まった。
「敵は数こそ多いが烏合の衆、北方の国境を守る我ら公孫賛軍の力を、存分に発揮しようじゃないか!」
白蓮が立ち上がり、鼓舞する。
それに連れて全員が、俺も含めて立ち上がり、鬨の声をあげる。
易京城防衛戦はこうしてはじまった。

「敵は全員が歩兵だ、騎兵の足には付いてこられない! 敵の眼前を一撫でして、陥穽に誘導する!」
「壁にとりついた兵を分断するぞ、東壁の出城から兵を出せ!」
「西側の岩山からどんどん南へ石を運べ!」
矢継ぎ早に命令が飛び、その頭上を石と矢が飛び交う。
敵兵の勢いは最初こそ激しかったものの、それを何とか凌ぐと、公孫賛軍が逆襲し、優勢となった。
籠城といっても完全に籠もっているわけではなく、城門近辺の敵を打ち払ったあと、公孫賛自慢の騎馬隊が出撃し、何度も敵を蹂躙したりした。
とはいえ、数の上での優位は覆らず、自軍も疲弊してきている。
「そろそろ別働隊の出番かもな……」
戦場を見渡すための楼閣の上、白蓮がほつれた髪を結いなおしながらつぶやいた。喫緊の変化に対応するため、白蓮は八面六臂の活躍だった。地味ながらこれだけの城を築き上げて、防衛できているのは、このわりと万能な白蓮の素質によるものだろう。
しかし、いつまでもこの防衛戦を続けていけるというものではない。
物はともかく人がもたないのだ。
「まだ敵の士気は高い、挟撃の機会はもう少し先じゃないか……」
俺は副官として雑事をこなしていた。各壁の状況を纏め、白蓮の意を伝え、白蓮の背中を支えた。とりあえず、剣にはなれなくても、杖ぐらいにはなれたみたいだ。
「決着までの道筋が見えないせいか、こっちの士気は厳しくなってるんだが……どうしたもんかな」
「白蓮が演説するとか」
「勘弁してくれぇ……そういうのは桃香とかにやらせるべきだろ」
「そうか? 桃香だと、みんな頑張ろう、とかで終わりそうじゃない?」
「あはは、そうかもな。でも、桃香はそれでいいんだよ。それでみんな力付けられるだからさ」
よっと、と白蓮は柱によりかかっていた体を起こし、腕をぐるりと回した。
「私は……そうだな、桃香よりちょっとは強い武を、示してこようかな」
と、剣をとり、腰に佩いた。
「ちょ、大将が前線に出るつもりか!?」
俺は慌てて立ち上がった。
白蓮は引き締まった顔で、装備をととのえた。
「うん。前で戦えば、兵達に少しでも勇気を与えられるかなって。それに私は強いんだぞ! まぁ、関羽とか張飛みたいにはいかないけどなっ」
微笑する。
「北郷はここにいてくれ。異常があったら合図、無かったら今まで通りに動いてくればいい」
白蓮はそう言い残して出陣した。
精鋭の白馬部隊――白馬義従を率い、城外へ出て行く。
俺は止める言葉を持たなかった。危険だとか、そんなことはわかりきったことだ。
公孫賛は袁紹に敗れて死ぬ。だから今は大丈夫……なんて乾いた歴史の事実はどうでもいい。今、白蓮は生きていて、戦いに赴こうとしている。その白蓮になにも言えなかった。
手が震えていた。
ちょっと戦場を想像するだけで、あの光景が浮かぶのだ。あの夢の、地獄のような光景が。
恐怖が、俺の手を震わせていた。
情けないっ、と俺は自分で自分の手をおさえる。
俺は、あの悪夢を克服して、繰り返さないんじゃなかったのか。
彼女を殺さないために。
「っ!」
俺は楼閣の物見台に登り、城壁の向こうを睨んだ。
まだ白蓮は出てきていない。
黄巾党軍は城からの反撃をくらい、城壁から少し離れて、公孫賛軍の騎兵と相対している。
やがて、白蓮とそれに従う騎兵隊が姿を現した。
敵味方共に驚くなか、白馬義従が黄色の軍団につっこんでいく。白蓮は先頭で、剣を振り、白馬を血の赤で染めていた。
敵兵は混乱に陥り、味方は奮い立った。
白蓮がポニーテールを振り乱し、切り開いていく道を、味方の軍がなぞり、広げていく。まがりなりにも前を向いて矛を構えていた黄巾党軍が、後ろを向き、そこをさらに白蓮の軍が突き崩していく。
白蓮の怒号、敵兵の悲鳴がきこえるような戦いぶりだった。
黄巾党軍は押されているが、おされている陣の向こうで、隊列を整え、反撃のチャンスを窺っている。
白蓮は、その反撃が始まる前に、攻め気に溢れている自軍をまとめて後退するか、迎撃の準備をしなければならない。
慎重な彼女ならその点を見誤る可能性は低いが――
瞬きも出来ない視界の隅で、なにかがちらついた。
「あれは――!?」
遠くの山向こうから、何本かの煙がたなびいていた。山火事かと一瞬思ったが、かなり規則正しく、間隔を空けて煙が上がっている。
「狼煙……別働隊か?」
別働隊を動かす合図は決まっていて、すべて、こちらから合図をだすことになっていた。あちらからの合図の決まりなんて――
いや。
たしか、あったはずだ。
この戦いが始まる前、いや、黄巾党残党が易京城を包囲するよりも前……白蓮が何かの拍子にそれを教えてくれて――
「っ!? まさか、北方異民族っ!」
匈奴や烏丸などの異民族は、たびたび中原に進入し、国を悩ませたという。公孫賛はその最前線の防衛を任され、戦ってきた。宿敵ともいえるだろう。
「こんな時にっ」
この易京は国境……万里の長城から距離があるため、すぐに異民族と接触するわけではない、とはいえ、この籠城戦の生命線といえる「時間」が、これで奪われた。
このまま黄巾残党との戦いに手間取っていると、異民族に北方をおさえられ、易京城は陸の孤島と化す。黄巾残党が撤退したとしても、もう、易京城からの逃げ道は南のみ。戦うにしても川――易水を背にした、背水の陣を敷かなければならない。
「白蓮っ!」
城外で戦う彼女の隊列が乱れた。
わずかではあるが敵陣に踏み込みすぎて、敵に付け入る隙を与えてしまったのだ。
おそらく、白蓮もあの狼煙を見て、事態を察知したのだ。
白蓮は二重の動揺にさらされていることだろう。
「このままじゃ白蓮が危ないっ! 副官さん、ここを頼みますっ」
俺はもうひとりの副官にこの場を任せて、駆け出した。
刀を掴み、腰に結んだ帯に差す。念のため、と白蓮が用意してくれた甲冑を着ける暇はなかった。
白蓮たち白馬義従は包囲されつつある。
一刻も早く救援に向かわなければならない。
「……役に立つかは分からないけど……」
外に繋いである馬を何頭か借りて、数人の従兵と共に城外へ出る。
「敵とまともに戦わなくても、馬で道を開けばそれでいい。目印は白馬だ! 皆、ついてきてくれっ!」
俺を先頭に、騎兵小隊が動く。
慣れない馬上だが、手綱をしっかり握り、前へと突き進む。すぐに敵兵が視界の大部分を埋めて、その奥に白い馬の一群と、赤い髪が見えた。
敵兵達は白蓮に気を取られて、こちらに背を向けている。
片手を手綱から放し、抜刀。
日本刀がその身をあらわにし、周囲の空気を一変させた。
ただの鉄塊を兵器として鍛え上げた果てに、美しささえ纏わせた逸品だ。武を知る者はもちろん、それ以外の者も引き付ける気配を、それはもっている。
「っ、片手じゃ無理があるけどなっ!」
右手を、敵兵をなぎ払うように、振るう。刀がその動きに従い、一閃。小さな手応えがあり、敵兵が仰け反った。倒せてはいないが、牽制にはなった。
「白蓮っ!」
無様なことに、切れ味に優れた日本刀を鈍器代わりにつかいながら、漸進する。俺に従ってきてくれた兵達も、敵を倒すのではなく、振り払いながら付いてきてくれていた。
敵兵の向こうに、白蓮の顔が見えた。血に濡れて、顔をしかめている。
一瞬、その姿に総毛立つ。
手を延ばすが、敵が邪魔で届かない。
両手で刀の柄を握る。両足で馬体を挟み、体幹を支える。
大上段に構えた大刀が煌めき、刹那の内に敵兵の体を甲冑ごと切り捨てた。血飛沫があたりにまき散らされる中、俺は体を投げ出すように馬を進め、白蓮の元へ滑り込む。
「白蓮、大丈夫か!!」
「ほ、北っ! なんでここに!」
白蓮は驚きに目を見開いて、こちらに馬を寄せた。顔も体も血にまみれているが、重傷というわけではないらしく、動きはスムーズだった。
「囲まれていたみたいだったからさ。余計だったかな?」
「……いや、助かったよ」
ふっ、と息を吐いて、緊張していた顔をほころばせた。
「別働隊にも指示を出して、ひとまず、ここから脱出しよう」
「そうだな……城の近くまで退いて、別働隊と挟み撃ちしたほうがよさそうだ」
白蓮が声を上げて白馬義従を率い、後退させる。追撃は馬と人の差で振り切れるが、問題は前の敵だ。戦わなければ進路が啓開できないし、手間取れば後ろに追いつかれる。
「鋒矢の陣で一気に突っ切れ、後ろを振り向くんじゃないぞ! 殿は私がやる、全隊進めっ!!」
後退が始まった。俺は白蓮の横で、隊の後退を見守りながら、追い縋る敵をいなした。
「北郷、先に行け!」
「助けに来たんだ、置いていけるわけないだろ」
白蓮は呆れたように溜息とともに手を振った。
「ああ、もう、お前じゃ私の馬術についてこられないだろっ、お前が置いていかれるってことだ、いいから先にいけって」
「むむむ……」
「何がむむむ、だ。私ならすぐに追いつく。護衛も何人かいるからさ、ほら」
促されて、しぶしぶ、撤退を始める。しばらくして後ろを見ると、白蓮も退き始めていた。ただ、護衛も先に行かせて、自分は最後にまわしている。
速度は俺の倍はありそうで、敵の槍の穂先が届きそうな位置から、ぐんぐんと引き離して、俺たちとの距離を縮めていく。
なるほど、あれなら確かに、俺がいたら足手まといだろう。人馬一体となって、大地を駆け抜ける様は、美しく、気持ちよさそうで、なんだか少し嫉妬を覚えるくらいだった。
易京城の城壁が見え始めた。撤退した仲間達も隊列を整えて出迎えてくれていた。
再度、反撃の機だ。
「全隊反転! 城壁の上からの掩護射撃が終わったら、もう一度だけ敵を叩くぞ! 別働隊の攻撃に合わせて突撃だ!」
白蓮が城壁の影の内に入ると、上から味方の弓矢が放たれ始めた。
追撃にきた敵兵を矢が貫く。敵兵の足を止め、時にその命をも止める矢の雨だ。
一進一退。城の外で戦えている分、今はこちらが優勢だ。だが、別働隊というカードを切ったあとどうなるか。
可能な限り打撃を与え、敵に敗勢を悟らせなければならない。
城壁に旗が揚がる。合図だ。別働隊が動く。別働隊の主力は戦車隊だ。騎兵が多いと、敵に勘付かれると考え、駄馬と補強した荷車を周辺の民家に分散して配置し、合図と共に集合して突撃する手筈である。
速度こそ騎兵に劣るが、打撃力では下手な騎兵より優れる戦車隊が、黄巾の大軍めがけて進撃していく。猛進を止める手は歩兵にはない。
「行くぞっ!」
合力すべく、公孫賛軍本隊、白馬義従が何度目かの攻勢をかける。
すでに、互いの血を浴びて、真っ赤になった白と黄色。黄巾は公孫賛軍を包囲殲滅しようとし、公孫賛軍は速度でかきまわして包囲を食い破ろうとする。別働隊とあわせて、黄巾党の陣には二つの穴が空いたが、まだ、別働隊と合流できるほど穴は大きくなかった。
「あと一撃っ、あと一撃あれば届くのに!」
白蓮はもどかしそうに剣を握る。
城全体を包囲している黄巾軍は数十万。今、白蓮と戦っているのはそのうち数万だ。全力を傾注しても、陣を貫くにはまだ足りなかった。
「でも、ここで退いたら別働隊が危うい。少しでも、少しでも前へ――!」
白蓮の脇を固めながら、じりじりと軍を進めていく。
大軍のなか、埋もれてしまいそうな気配に尻込みしそうになる気持を奮い立たせて、前へ。
それでも、たった一人のそんな気持ちなど無視する圧力が、前から横からかかってくる。
「危ないっ北郷ッ!!」
悲愴な声と共に白蓮がその体を馬上からおどらせた。俺の馬と白蓮の馬がぶつかる。
飛来する矢から、白蓮は俺を庇った。
幸い、矢は白蓮の剣で軌道がずれ、けがはなかった。だが、白蓮が落馬しかけて、俺が何とか支える形となり、進軍が止まった。
背筋に嫌な汗が流れる。
敵が来る――!
視界一杯に広がる敵が、雪崩れを起こして殺到した。
目標は、俺たち……ではなかった。
敵は左右に分かれ、何かから逃げようとしていた。
モーセを思わせる人の波の分断の中心に、人が立っていた。
空色の髪と雲の色の鮮衣、長く鋭い鎗を凛とした所作で操る少女――
「星っ!?」
星、すなわち趙雲が、黄巾党の大軍を相手に一人で戦い、陣を切り裂いていた。舞うような槍の動きに、緩慢な動きの雑兵は身動きすら取れず、首を、命を刈り取られていった。
「ちょ、趙雲!?」
体勢をたてなおした白蓮も、その姿を見て驚く。
「おお、伯珪殿……おや? 北郷殿まで、こんなところで戦っておられたのですか」
槍を肩にのせて、まるで何もない道を行くがごとく、笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
「趙雲、なんでこんな所にいるんだ? 大陸をまわってくるんじゃなかったのか?」
白馬の上から、白蓮が尋ねる。
星は周囲に目を向けながら、口を開く。
「ええ。一通り回ってみたのですが、どこもかしこも混乱の真っ直中。長居はできずにそろそろ戻るかと思ってみたら、この有様、やはり異常ですな。この乱世は」
「そうか……ん、別働隊がこっちに来るな」
星が雷霆のように一掃した道を、別働隊が通過して、こちらと合流した。
俺たちがあれだけ前進するのに苦労した大軍を、あっさり散らした趙雲のすごさに、改めて、彼女は、華奢な少女の体つきでも、三国志の英雄なのだな、と思った。
自分も必死になって、刀を振り回してはいたけれど……。
ふと、刀にこびりついた血を見て、自分は、人を斬ったのだ、と実感した。
「趙雲……おかげで、予想以上の戦果をあげられた。その、感謝するよ」
白蓮はおいしいところだけもってった星にちょっと悔しそうな表情で、礼を言った。
「はっはっはっ、なあに、数だけ多い賊の群れなど造作もないこと……とはいえ、これ以上ここで談笑するわけにもいきますまい。ここは、あそこの城まで退くといたしましょう」
と、槍を城の方へ向ける。
白蓮も俺も異存はなく、別働隊含め、全軍全力で撤退した。
もはや敵軍に追う力も意志もなく、悠々と公孫賛軍は城へ凱旋した。城壁の上から歓声が降り注ぎ、俺たちは手を挙げてそれに応えた。
「黄巾の輩は、食糧を狙って周囲の村を荒そうとしておりました。私はそれを偶然知り、白蓮殿の兵と示し合せ、民たちを荷車に乗せて、こちらに来たというわけです」
星は高楼の指揮所で経緯を説明した。
「見たところ、黄巾の者たちはかなり飢えている様子。この城を落とさねば、早晩瓦解しましょう」
「そうか……それなら、異民族の対処も間に合うか……」
「おや、黄巾のみならず、異民族もですか」
「ああ。呼応したみたいに、同じタイミングで仕掛けてきた」
「たいみんぐ?」
「すまん、同じ時機、だ」
「ふむ……」
星は目を閉じて、何かを考えているように黙った。やがて目を開くと共に、口も開いた。
「この幽州のみならず、隣の并州や、涼州も異民族の動きに苦慮しておりました。また、南も同じく。さらに、この大陸の内側から黄巾党をはじめとする賊の暴動……。漢王朝が衰退したとはいえ、一度にこんな状況が現出するとは……」
たしかに、いくら乱世とはいえ、異常だ。
本来、男であるはずの英雄が女として存在するだけで異常、さらに俺というイレギュラーが含まれるのだから、十分ありえることといえばそれまでだが。
「そういえば、中央はどうなっているんだ? 黄巾征伐のあと何進が朝廷を牛耳って、それからあと情報が入ってこないんだが」
「ああ、何進は死にました」
「はい!?」
さらりといった星と対称的に、白蓮は混乱した。
「宦官連中……十常侍に殺されたとか。ただ、洛陽近くは軍が封鎖していて、内情までは分かりませぬ」
「ううん……北、どう思う?」
「その封鎖している軍は、どこの軍だった?」
「たしか、并州の董卓軍だったと思いますが」
「……董卓!?」
白蓮は驚いてこちらをみる。
この前、彼女に説明したとおりの展開になりつつある。三国志の流れ通り、董卓がこのまま政権を握れば、次は、董卓包囲網だ。乱世の階段を一つ昇り、群雄割拠まであと一息だ。
「どちらにせよ、乱世はさらに深まるでしょう。異民族、黄巾党、そして中央の動乱……白蓮殿」
星は、公孫賛を真名で呼び、真正面からその顔を見た。
「あなたは、この幽州をどのように治めるおつもりですかな」
突然の問いに、白蓮が首を傾げる。
「どのように……?」
「いままで通りとはいきませぬ。同じ大陸の辺境、益州を統治していた劉璋殿が賊に殺されたとの噂もあります」
「劉璋が!?」
益州は大陸の南西……劉備が蜀漢をうちたてた地だ。その主が死んだとなれば、中華の外縁が混沌に沈んだと見てよい。
「みたところ、この城は堅牢で、統治も十全……しかし、このまま城に留まっていては、いずれ益州と同じ事になりましょう」
「うん……」
白蓮は眉を曇らせた。
「幽州から兵を出すのは難しいが、中央と群雄の動きを窺いに行くべきだろうな……袁紹や曹操、孫策……それに」
ちら、と白蓮がこちらを見る。
「劉備も」
「ん、そういえば、劉備殿や関羽殿たちはどこにおられるのです? 北郷殿と一緒に行動していたのではなかったですかな?」
「それが、その……はぐれちゃって」
「なんと」
「できれば合流したいんだけど、居場所がつかめなくて。ただ、これから董卓が政柄を取ることになったら、皆動くと思うんだ。多分、桃香も。そうしたら、会いに行けると思う」
「ですな。なんにせよ、まずは黄巾党を平らげ、この地を安定させること。……でなければ、白蓮殿も北郷殿も幽州から動けますまい。私一人ならいかようにでもなりますが」
俺と白蓮は頷いて、城壁の外を見た。黄色の群集は、疲弊しきって、もう陣形も何もなく、ただたむろしているだけのようだった。
「もう一度、降伏を促してみないか? あの人達に」
俺は提案してみる。二人は、顔をしかめた。
「……受け入れるかな?」
「飢えているうえ力を持て余して四方八方で暴れ回っている餓狼に、単純な降伏勧告が通じるとは思えませぬな」
「なら、戦える場所と、衣食住を与えてやればいい。ちょうどいい場所があるじゃないか……長城のあたりに」
「ああ」
「なるほど」
そういうことになった。


黄巾党残党を平定してひと月、ついに、俺たちは董卓包囲網へ参戦すべく、一万の兵を率いて南下した。将は公孫賛、俺、趙雲の三人、残りは幽州で留守番ということになった。
黄巾党の兵は公孫賛軍に吸収され、北方防衛の任についた。数十万の兵すべてを戦闘要員とするわけにはいかなかったので、専門の戦闘員、農業従事者、半農の屯田兵の三つに分けた。
まだ一ヶ月しか経っていないので一万しか遠征にはだせなかったが、そのかわり、白馬義従をはじめとした精兵が編成されている。
「董卓が専横を極め、諸将が連合を組む。的確な読みでしたな、主」
星が誉めそやす。いつのまにか、星は俺を主と呼ぶようになっていた。
「あはは、星が持ってきてくれた情報が正確だったからだよ」
「謙遜することはないぞ。お前の意見のおかげで、精鋭を選りすぐって、動かせるようになったし。ほら、北の旗もつくってやったんだから、胸を張れ、一刀!」
背中を叩いて、白蓮が活を入れる。
白蓮は、真名の代わりに俺の名前を呼ぶことが多くなった。といっても、ふたりきりの時とか、砕けた場でだけだが。
「お、おう。そろそろ、連合の集合地点だもんな……!」
軍旅は、洛陽を包囲する連合軍の中心に到達した。
たくさんの幕営が並ぶなか、各地の英雄達の旗が、蒼天にたなびいている。
曹、袁、孫、張、馬……劉。
それに公孫と北郷の二旗が加わり、董卓包囲網、反董卓連合はその全軍が集結した。



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